メコンの旅 9 ムアンシンからワン・ヴィエンへ

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5月3日〜7日

ムアンシン〜ルアンナムター〜ウドムサイ(1泊)〜ルアン・パバーン(2泊)〜ワン・ヴィエン(1泊)

5月3日にムアンシンを出発、ルアンナムターからフェイサイ(ラオス入りしたところ)にいきタイに入る予定だったが、ルアンナムターのバスステーションに着いたときウドムサイ(ビエンチャン方面)行きのマイクロバスが止まっていたので、ビエンチャンからタイ入りするルートに急遽予定を変更し、同行者とルアンナムターで別れる。ルアン・パバーンは紹介済みなのでウドムサイを主に紹介します

 上左、ムアンシンからルアンナムターへいくピックアップトラックバス。このバスは御難続きだった。ムアンシンで道路工事のため迂回したが、その道が狭い道で道幅が足らず、もう少しで溝にはまるところだった。ガソリンを入れにいったら、店が休み。それで、民家にあったドラム缶からガソリンを入れるが、ポンプを探したり、ホースが届かなかったり、それでも何とか給油して出発。今度は、荷台のシートが壊れ、再三直して走るうちにこんどは、ギヤが入らなくなり、完全にアウト。それで、後からきたマイクロバス(上右の写真)にのる。当然すし詰めになった。先のピックアップは、距離はわずかしか走っていなかったが1000k取られた。大分もめたが。。。後から乗ったマイクロバスはしっかりムアンシンからの料金を取られた。ムアンシン〜ルアンナムター、8,000k。

 

 上左、ルアンナムターからウドムサイへいく途中休憩したところ。多分中国国境の町ボーデンへの分岐点の村、Na Toeiだと思う。上右、途中で積みこんだ荷物、籠の中は鶏、アヒルそれに沖縄、南西諸島で普通に見られるアオバトも入っていた。

ウドムサイ

上、市場の前で交通の要所みたいで7時ごろ人が多く出ていた、仕事の現場に行く人たちみたいだ。右側の看板は、「ビア・ラオ」、ラオスのビールの看板。現地ではほとんどこのビール、沖縄のオリオンビールみたいで、あっさりした味だ。

ウドムサイの市場にて、上左、ナムワーンと呼ばれているおやつ。日本のあんみつにちかいもの。上右、市場の闇マーケットで、2500タイバーツをラオスキップに交換。これで5000k札101枚。1B=203k=約3.5円。しめて507、500k(約8,750円)。10000k=172円、1円=58k。5,000k札が最高額の紙幣で、黙って交換すると1,000kの束を渡される。数えられたものではない。ビンビールが7,000kぐらい。宿代、食事代、交通費だけならこれだけあれば十分だが、土産代、電話代、小包郵送料などに使うといっぺんに無くなる。

 

 上左、市場で見かけた少数民族、ウドムサイではこの衣装の少数民族をよく見かけたが何族かわからない。上右、市場内惣菜売り場。

上左、バスステーションで、同じ衣装を着た人が見られる。スイカは収穫時期だったのかたくさん出ていた。上右、日本でいえば荒物屋。周辺の村から工事用の資材を求めて人が集まるみたいだ。何軒かこうした店が目に付いた。

上左、カオチー(フランスパンサンド)を売る露店。右は焼肉を焼いていた、何の肉かわからなかった。、ラオスの屋台はこの程度という感じだ。もう一つ食欲がそそられなかった。

ウドムサイでの宿、KONGCHAI G.H.、ホットシャワー付き25,000k(約430円)。写真のトイレはタイ式のトイレ。使った後桶に汲まれている水で流す。浄化槽はなくもちろん下水道が普及しているはずはないので、流した後のうんこはどうなるのか、ずっと疑問に思っていた。最近読んだ本に(タイのトイレのことだが)下水は土に染み込むようになっているらしい。紙を使うと分解が遅いため染み込みが悪くなり、詰まりの原因になるらしい。だから紙は流してはいけない。ごみ箱が置いてあるところはそれに捨てるが、なければ手を使う。

ウドムサイ〜ルアン・パバン

上2枚と下、5月4日ウドムサイからルアンパバーン(22,000k)へいくバス。行きは5時間だったが、このバス6時間半かかった。ひどいぼろバスで前に座っていたのでエンジンの騒音で頭が痛くなった。写真は途中、収穫したたけのこを担いでいるのを見て乗客がバスを止めて買いつけ交渉をはじめた。そのときにバスの運転手が下に潜りドライブシャフトを外しデフを分解し出した。グリスアップでもしたのか30分ほどで終わる。

 上の写真、バスの両側にこっち向いている二人は、僕の後ろの座席に座っていたパキスタン人。言葉からして現地人で無いのとはわかったが、何処の国の人かわからなかった。ルアンパバンの北バスターミナルからツクツクに乗ったとき彼らに話し掛けて判った。僕が日本人だとわかると、日本語をしゃべり出した、かなりうまい。埼玉県に7年半いたといっていた。バンコクから飛行機で北京へ行き、そこからバスでここまで来たという。とても遠かったと言っていた。彼らこのあと南のバスステーションにいき(僕もそこまでツクツクで連れて行かれた)夜行バスでビエンチャンに行くという。何でそんなに急ぐのかと思った。帰国してルアン・パバンのゲストハウスで沖縄の女性が殺されたというニュースを知った。翌日配達された沖縄タイムス(購読している)を見たら、大きな記事になっていた、二人連れのパキスタン人を拘束したと書かれてあった。彼らが犯人ではないかと思った。8日に発見されているで、日にちが合わないが、犯行が目的ならビエンチャンから彼女に付いてルアンパバンに戻ったと推理するのは考え過ぎかな?。 彼らの様子は、どうみてもツーリストという雰囲気ではなかったので、後から考えれば泥棒行脚ならすべて説明がつく。タイは直感的に犯罪の匂いがするが、ラオスはそうゆう雰囲気はまったくなかっただけにこのニュースは残念だった。

 

左の写真は、村のロングショット。行きに見たときすばらしいロケーションだなと思っていたので、カメラを準備して走っているバスの中から撮影した。8カット撮影したほとんどぶれて使い物にならなかったが、この1枚だけ何とか使えそうかと思ったが。少しでも雰囲気が伝わればいいのだが。

 

 

 

 

 

 

ルアン・パバン〜ワン・ヴィエン

 

上2枚5月6日、ルアン・パバンからビエンチャン行きのバス。今回の旅行で最もいいバスだった。韓国製(HYUNDAI)。ボディ横JAPANの文字の下には、Official Development Assistance と書かれている。ビエンチャンではこのステッカーを貼ったバスがたくさん走っていいた。いやでも目に付く。日本のお役所は、見えないところには金を出さなという体質がこんなところにも出ていて、同じ日本人として恥ずかしい。
 地元の人はなれないバスで乗り心地が良すぎてか酔う人が続出した。上左の写真は水場で緊急停車した。
 このコース、国道13号ビエンチャン〜ルアン・パバンのルートはバスの襲撃事件が多発しているとガイドブックに書かれている。ウドムサイやムアンシン方面のほうが山賊が出そうな気がするが、金持ちが乗っていないということだろう。観光ルートととしてはいちばん旅行者の多いルートだと思う。
 
ルアン・パバン〜ワンヴィエン 30,000k。